誰の悩みを、代弁するか。
玉野高校 IT・DXエキスパート日記 #03|2026.04.27
今日は3回目の勤務。玉野高校の公式InstagramをIT・DXエキスパートとしてレクチャーする機会があった。更新の場に立ち会いながら、ふと気づいたことがある。SNSの技術論よりも、もっと根本的な問いに行き着いた。
先生のキャプションは「かたい」、でも——
玉野高校のInstagramは、広報に力を入れている。今日はその更新作業に立ち会い、キャプションの書き方をレクチャーした。
正直に言うと、先生方が書くキャプションはめちゃくちゃかたい。でも、それを見てすぐに気づいた。これは、真剣に考えている人の文章だ、と。
言葉が固くなるのは、手を抜いているからじゃない。むしろ逆で、ちゃんと届けようとしているから、言葉に慎重になりすぎてしまう。そのまじめさを否定する必要は、まったくない。
「かたさ」を崩すのではなく、そのまじめさを生かしながら「悩みの共有」を足してあげると、ぐっと温かくなる。
そもそも、誰が見ているのか
SNS運用の話になると、つい「いいね数」や「リーチ数」の話になりがちだ。でもまず確認すべきことがある。これは誰が見ていて、誰に一番見てほしいのか、という問いだ。
まず中学生とその保護者。彼らには、高校生活に対するさまざまな悩みや不安がある。「部活は馴染めるかな」「勉強についていけるか」「友だちができるだろうか」——そういったモヤモヤを抱えながらInstagramを覗いている。
「悩みを言語化する」という広報戦略
ここで大事にしたいのが、「気づいているよ」というメッセージを先に届けること。
中学生の悩みをこちらが言語化して、「そういう不安、あるよね。玉野高校ではこんなふうに一緒に歩んでいくよ」と伝える。これだけで、発信の温度がまったく変わる。受け手は「わかってもらえた」と感じ、その学校のことをもっと知りたくなる。
知りたいことを、知りたい視点で届ける。
これが広報の核心だと思う。
1人称カメラという「没入感」の実験
今日、面白い取り組みを知った。部活動の動画を1人称カメラ(主観視点)で撮影したというものだ。
これはとても賢い(自分で撮っておいて言うのもあれだが)。見ている中学生は、まるで自分がすでにその部活に入って練習しているかのような感覚になる。通常の「紹介動画」は観客として部活を眺めるが、1人称映像は「参加者」として体験させてくれる。
その没入感が、ちょっとした「入部後の自分」をイメージさせる。そのイメージが、不安をほんの少し和らげる。広報としてすごく丁寧なアプローチだと思った。
誰の視点で、誰の悩みを代弁するか
SNSの投稿を作るとき、つい「学校として何を伝えたいか」から考えてしまう。でも本当に届く発信は、逆方向から始まる。
受け手が何を悩んでいるか。何を知りたいか。どんな角度から見たいか。
その問いを出発点にして、はじめて「伝わる言葉」が生まれる。
玉野高校のInstagramがこれから磨かれていくとしたら、それは投稿頻度でも写真のクオリティでもなく、「誰の視点を借りて発信するか」という意識の積み重ねになるんじゃないかと思っている。
西田井 祐也|玉野高校IT・DXエキスパート / 合同会社SynQ Creative
