いきなりそんなことを言うと、学校関係者に怒られそうである。いや、怒らないでほしい。僕は職業調べを否定したいわけではない。むしろ、とても大切な時間だと思っている。
ただ、今日キャプションを書きながら、少し引っかかった。高校1年生が「将来どんな自分になりたいか」と向き合い、班でひとつの職業を調べる。看護師、保育士、公務員、教師、警察官。おそらく、そういう職業はリストにある。
でも、たぶん「デザイナー」はない。ましてや「SNS運用をする人」とか「地域の魅力を言語化する人」とか「学校と地域と企業の間で何かをつなぐ人」なんて、ほぼ確実にない。僕の職業、出席番号でいうと欠席扱いである。
好きなものだけでは、職業は決まらない
たとえば、服が好きな高校生がいるとする。では、その子はアパレル店員になるのか。もちろん、それもひとつの道だ。でも、服が好きだからといって、必ずしもお店で服を売る仕事に向かうとは限らない。
服が好きで、話すことが得意なら、アパレル店員は合うかもしれない。服が好きで、デザインすることが得意なら、服飾デザイナーという道があるかもしれない。服が好きで、文章を書くことが得意なら、雑誌編集者やライターかもしれない。服が好きで、写真を撮るのが得意なら、スタイリストやブランドのSNS担当かもしれない。服が好きで、数字を見るのが得意なら、バイヤーやMDという仕事もある。
つまり、仕事は「好き」だけでは決まらない。
職業は、好きなものと得意なことと、社会との関わり方の組み合わせで見えてくる。
ここを飛ばして、いきなり職業名に向かうと少し危ない。「医療に興味がある」から看護師。「子どもが好き」だから保育士。「絵が好き」だからイラストレーター。もちろん間違いではない。でも、その人の中にある可能性を、ひとつの職業名に早く閉じ込めすぎてしまうことがある。
職業名は、便利だけど雑でもある
職業名は便利だ。「看護師です」「先生です」「デザイナーです」。そう言えば、なんとなくイメージが伝わる。社会の中で説明しやすい。進路指導でも扱いやすい。求人票にも書きやすい。
でも、職業名はかなり雑でもある。同じデザイナーでも、服を作る人、Webサイトを作る人、チラシを作る人、体験を設計する人、ブランドを考える人がいる。同じ先生でも、教科を教える人、クラスを支える人、進路を考える人、地域と学校をつなぐ人がいる。同じ社長でも、ふんぞり返っている人もいれば、請求書を確認しながらコーヒーを飲みすぎて反省している人もいる。ちなみに後者は僕である。
だから本当は、職業名だけを調べても、その仕事の本質にはなかなか届かない。必要なのは、「その仕事は何をしているのか」だけではなく、「その仕事では、どんな力を使っているのか」「どんな人と関わっているのか」「どんな問いに毎日向き合っているのか」まで見ることだと思う。
職業調べの本当の問い
だから、職業調べで本当に大切なのは、「この職業になるにはどうすればいいか」だけではないと思う。もちろん、それも必要だ。資格、進学先、働き方、収入、休日。現実を知ることは大事だ。夢だけでは家賃は払えない。家賃はかなり現実派である。
でも、もう一歩踏み込むなら、問いはこうなる。自分は何に興味があるのか。どんなことなら続けられそうか。どんな力を使っているとき、自分らしくいられるのか。誰の役に立つと、少しうれしいのか。
職業調べとは、職業名を覚えることではない。自分の「好き」と「得意」と「関わり方」を、社会の中に置いてみる練習なのだと思う。
そう考えると、この時間はかなり面白い。そして、少しだけ難しい。だからこそ、大人が横にいる意味がある。「あなたはこれに向いている」と決めるためではなく、「その好きは、こんな形にもなるかもしれないよ」と選択肢を広げるために。
職業調べって、なんだ? 今日の答えは、たぶんこうだ。職業を調べながら、自分の組み合わせを探す時間。地味だけど、すごく大事。そして僕自身もまだ、自分の職業名を探している途中なのかもしれない。まあ、履歴書には入りきらないので、そこだけ少し困っている。

